All in my head

1994年生。元客船クルーの航海日誌 / IG @imknto はリアルタイムで更新中。

安宿ドミトリー主義 当たり前になった二段ベッド

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夜勤明けの朝6時過ぎ、家を目指し6段ギアの自転車を漕ぐ。

早朝の爽やかな風を切るイメージとは異なる嫌な湿気…梅雨間近。

小一時間のサイクリングを終え帰宅するといつも母親はテレビを見ながら朝食をとっている。

暗いニュースを朝から見る気になるのはどうしてだろうか。左か右か、白か黒か…不安定な世界。

 

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バイトの方は一時期の買い溜めブームも落ち着いたのか少しずつ物量は減ってきた。

基本的には1人で黙々と任された複数レーンに張り付き落ちてくる段ボール箱を積み替える作業。

無の境地に近く騒音対策で耳栓をしてるのもあり良くも悪くもやっている事とは全く違う事が頭を巡る。

このブログの内容、動画のネタ、編集のカット、夜勤明けの朝の過ごし方、その他諸々色んなことを考える。

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社員さんに名前を覚えられ、同じ派遣会社の人とも少し会話するように。

服装自由なのはありがたいが冷蔵の倉庫内は10℃で夏と言えど防寒重視。

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年間を通してユニクロのヒートテック上下と糖分の塊エナジードリンクにお世話になりそうだ。個人的にはモンスターゼロが1番。

 

電気工事士の勉強の方も順調でテキスト一冊分のカテゴリを読了。

スマホアプリも使いながらやっと過去問全体を解く段階まできたがそれとは別に読んだ実家に眠っていたドラえもんシリーズの解説は凄まじい分かりやすさ。

常にへこたれ逃げようとするるのび太くんにシンパシーを感じてしまう。


家ではのび太くんほどだらだらしてはいないが実家暮らし、実家拠点の気まずさは年々増すばかり…とはいえ船に戻るのが目標な以上、一人暮らし出来る状況ではない。

家を借りるというのは人生のビッグイベントでありそれなりの覚悟がいる気がしてならず、実家の猫がまた可愛い。

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筆者が2、3歳の時に両親はマイホームを手に入れ、物心ついて以降実家暮らしでちゃんと引っ越したことはない。放浪できるのはいつでも帰れる場所があるから。

 

辿り着いた極論

これまでの旅で色々な寝床で一晩を過ごしてきて(意味深)雨風をしのげて土の上でなければ横になれればそこは寝床ということ。

どこであろうと、部屋に何人いようと最低限の次の日の活力を得れさえすればいいのだ。

このマインドをベースに安全、安心、安らぎといった付加価値をお金で買うイメージ、個室のホテルはそれくらい素晴らしいもの。

 

今回はこれまでの寝床を順に振り返るアコモデーションシリーズ❶

 

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初めてのバックパッカー4日間 @大阪/2014

19歳の夏…まだ海外に行ったことがなくパスポートすら持っていなかった筆者。

会社の夏休みに大阪へ旅行に行くにあたって今後よく利用するであろうバックパッカー、ホステルというワードを知り練習がてら興味本位で泊まってみることに。

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これがめちゃめちゃ楽しかった。

OSAKA HANA HOSTELという心斎橋近くのドミトリー(ニ段ベッドなどで複数のゲストが滞在できる相部屋)に泊まり相場は3000円〜

4か6人部屋だったが特に困った思い出もなく、立地良好で駅や観光地へのアクセスも文句なし。

親切なスタッフは旅行のアドバイス、おすすめを丁寧に教えてくれて感銘を受けた。フロントのロビーにはお酒が飲めるカウンター、畳スペースがありホステル主催のイベントが定期的に行われていた。

ちょっとためらていっところ、スタッフに背中を押されたこ焼きパーティーに飛び入り参戦。結果的に本当にこれが良かったと思う。

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英語勉強し始めたばかりでほぼ相槌にも関わらず、宿で知り合った友人と自由に予定を組み観光地を散策。

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日本人といえど同じ観光客、初めての街歩きを楽しみ地下鉄で迷いながらグルメを堪能。

メニューや食べ方の説明を英語でチャレンジしたりととても刺激的な旅行になった。仕事を辞めて海外に行く決心をしたのもこの影響が大きい。

思い起こせば、自分の部屋を与え荒れる前、幼少期は妹と二段ベッドに上と下で寝ていた…。

 

初めての海外バックパッカー1週間 @台北/2015

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年明けに辞職、正式には10日付けだったため成人式が無職初日で余計にメモリアル。

初海外先に選んだ台北のホステルの相場は2000円〜。基本はbooking.com で検索しレビューと写真を参考に決める。

赤ラインの淡水信義線、圓山駅の近くにあるバックパッカーの4人部屋(二段ベッド2つ)。

観光客のいないローカル市場、大龍街夜市が宿を出てすぐのところにあるのも良かった。

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オプションで朝食がつけれたり最初からついてたりするがそこはせっかくなので散歩ついでにローカルフードを気分で選ぶ方が好き。

大阪でドミトリーを経験したことでだいぶ精神的な余裕が生まれ、旅行のおすすめやローカルスポットなどの質問はスタッフに聞くようにしていたのでガイドブック以外の場所やちょっと遠出の日帰り旅行にも出かけたり。

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北投にある銭湯で42℃の熱湯風呂と水風呂のローテでのぼせ風呂場で倒れるハプニング以外は無事に日程を消化。

もしあの場ですぐ目覚めなかったら救急車を呼ばれ病院送り…と思うと血の気が引く恐ろしさ…。

ちなみに2月の台北は雨ばかりで肌寒いのでシーズン的にはあまりおすすめしない。

 

初めてのリゾートバイト4ヶ月 @富士吉田/2015

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ワーホリ前に旅館で住み込みバイト。この期間については以前に書いてので詳しくは触れないがこの時住んでいたアパートは個室で家賃0円

さらに冬場のストーブ用の灯油も一定量までは無料。

食費のみ5000円かかり従業員食堂で好きなだけご飯が食べれた。日曜の昼はいつもカレー。

プリウスを所持していて起伏が激しい田舎で圧倒的な機動力を誇り純正エアロにホイールを変えたりしていたあの頃に比べ今ではチャリか徒歩移動が基本。
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赤い屋根の白い建物が我が家。勾配のクセがすごいが富士山の麓に訪れる春は空気が澄んでていて心地よい。水道水は天然水、凍ることもしばしば。

自然に囲まれて四季を感じれるのは地方の旅館リゾバの魅力で待遇や福利厚生は場所によって異なるが衣食住を安くあげれるのがメリット。

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…それも今やコロナのせいで過去形になりつつあ流のが悲しい現実。

どうにかこの期間を持ちこたえ日本の旅館文化を残してほしいと願うばかり。

 

初めてのホームステイ4週間 @メルボルン/2015

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念願のワーキングホリデー ビザを取得し手始めに語学学校に通いながらホームステイの4週間。

もし人生でやり直しができるとしたらこの1ヶ月に戻りたい。郊外のホームステイは無料のエージェントに斡旋され自分で選んだわけではない。YESMANという映画を観てからしばらく断る事をやめていたのかもしれない…単純さ。

ホームステイ代も学費もいくら払ったか思い出せないのはおそらく嫌すぎて自力で当時記憶を消したからかもしれない。

目の青い白人のあばあちゃんシルビアとその妹のまあまあおばあちゃんとで構成された2人家族。

古いMITSUBISHIの車に乗り初日近くのスーパーへ買い出しに行くもどこか冷たい態度。新日家なのかと思いきや車を買ったのは亡くなった彼のハズバンドで本人はそうでもなかった。

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寝床の安定感だけは抜群でWi-Fi完備で自分の部屋が用意されフッカフカのベッドで寝ていた記憶がある。

しかしそれ以外はいい思い出がない。

朝はサンドイッチが一つ、昼は提供されず。夜は缶詰の豆のスープにスーパーで売ってるチキンと添えただけのベビーリーフ。塩胡椒はふり放題…これにパンがあったななかったか。20歳の元野球部には到底足りず3日目で量を増やす様求めるも交渉失敗。

キッチンは危ないという観点から使用不可に。

うちではこれしか出さない、腹が減っているならマックにでも言ってこいと言われる有様。

頭にきて口論したいのだがあれっ、怒る英語が出てこない、、、感情的に部屋に戻りエージェントに引越し要求するも通らず。

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期待が大きかった分、失望も大きい。

高いお金払うホームステイよりか二段ベッドのドミトリーの方がずっといいのでは?

だんだん考え方が偏ってくる…。

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午後の学校終わりに何時に帰るとメールで連絡する電車内でもう嫌気がさしていた。

今では笑い話だがこの数年後に船でオーストラリアから来た日本大好き高齢旅行者数千人を相手に仕事するとは思いもせず…。

フォトギャラリーで話が弾みオーストラリアに一時期住んでたよとなりどうだった?と聞かれたら迷わずメルボルンのホームステイはナイトメア(悪夢)だったよと答えている。

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ある日、語学学校のクラスで少し仲良くなった日本人のシェアハウスにお邪魔させてもらう。

なぜ大量のパスタを茹でたのかは思い出せないがその道中は覚えており写真が何よりの証拠。キッチンがあるのに料理ができない腹いせだったのだろうか…南半球の南に位置するメルボルンの6月は冬。

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日照時間は少なくいつも重い雲が空を覆う日々に時たま射す光とただただ綺麗なビーチ。

美しい景色に囲まれた日常生活が苦しく感じたあの日々は今の糧になっているのだろうか。

友人もいなければ仕事を探す意欲も失せ、居場所が見つからなかったメルボルンから逃げるように心機一転、プロペラ機で北へ。

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稼げる畑仕事があるというネットの情報だけを頼りにオーストラリアを縦断しダーウィンへ。空港で感動した色の濃ゆいサンセット。

 

一生忘れられない灼熱の大地での1週間 @カナナラ

ダーウィンからバスで12時間、やっとの思いで目的地WA州のカナナラに到着。

カラッカラの赤土に降り注ぐ紫外線が見えそうな太陽光。晴れた天気と相反して晴れない心。

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なぜならヨーロピアンいすぎて仕事に空きもない。非常な現実に電波が入らない現地の携帯が追い討ちをかける絶望的な初日。

超田舎にも関わらずバックパッカーは満室、予約してから来て良かった…がどんな部屋に泊まっていたかの記憶がないKimberley Croc Motel。

しかしそこには意気消沈していた筆者を励ましてくれる人たちがいた。

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COLESの安い食パンで食いつないだあの日々はきつかったしもうやりたくない…。

精神的にはかなり限界に近かったがメルボルンではなかった人との交流があるドミトリーでの生活はとても充実していた。

ポジティブな考え方ができる人はやはり強い、、今まで会うことがなかったタイプの人たちを見て素直のそう思った。

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貯金があればもっと西へ行きたかったがそんな余裕はなく、いくつかの次の候補先と連絡をとっていたがそれも上手くいかず…

 

映画が現実に?空港3連泊 @ケアンズ

 

来た道を同じグレーハウンド社のバスで半日かけて戻る。

失意の果てに着いたケアンズでそのままマックのベンチで寝てから予約した最安値の飛行機までの3日間を空港拠点で過ごすことに。

ただ壁にもたれて希望のない明日を待つだけの数時間を睡眠と呼ぶ。

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キヨスクのようなコンビニしかないため食料を買いに出たケアンズの街、そこで目にしたヒッピーのようなスタイルで楽しそうにオーストラリアライフを謳歌する日本人グループへの妬みが精神崩壊に拍車をかける。ああはなれないしなりたくもないけどけどどこかでああなりたいという揺れる感情。

 

街から空港への広い道を一人歩いていると逆ヒッチハイクしてくれる心優しき人も現れたり、彼とは今でもFBで繋がっており今でもちょくちょく連絡をとる仲に。

こういう出会いが結構救いで、記憶もなければ写真もないケアンズのは夢ではない模様。

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ターミナルという映画の世界でトム・ハンクスを演じているかのような清掃員とのアイコンタクト、今日もいるんかという顔をされるがそのリアクションは何も間違っていない。

 

大部屋の10人ドミトリーで2週間 @シドニー

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BASE BACKPACKERS SYDNEY の面している通りはKENTストリートといい不思議な縁を感じた。

来てすぐに火災報知器が作動し外へ避難…

そこで隣に立っていた韓国人2人と仲良くなりオペラハウスやボンダイビーチといった観光地へ。

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彼らは今どこで何をしているか分からないが元気だといいな。

オーストラリアのドミトリーは条件次第だが安くても3000〜4000円は見ておいた方がいい。だいたいシェアのシェアのキッチンがあり自炊可能。

シドニーでの夜景が見えるようなオシャレレストランでワインでもひっかけたら破産しそうな当時の筆者、手も足も出ず残ったのは写真と劣等感…今は時効。

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予約していた部屋は男女兼用の10人部屋(二段ベッドが5台)で間取りも広くここでサッカーや総合格闘技だできるほど。

しかも10/10で満室。アジア人1人、ヨーロピアン9人…みんな持ち物が多く部屋も散らかりマックスで騒々しい。

何かと不安だったがマンチェスター出身の5人組と仲良くなり打ち解ける。

彼らは同い年のグループで当時21歳なのだがどう見ても自分の一つ上には見えない、つくづく欧米人の成長速度の早さに驚かされる。

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香川真司がマンチェスターユナイテッドに移籍し活躍していた頃、知ってる日本人=SHINJI KAGAWAだったのかよくチャントを歌っていた。

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お互いに何とか職を見つけシドニー解散。最初1週間で予約していたが話が進展せずもう1週間追加した時にはまた心が折れそうに。

やっぱりうまくいかないのか…全てが嫌になり坊主にした。

もはやオーストラリアそのものがトラウマになりかけたが同部屋の彼らに励まされ元気づけられもう少し頑張ろうと思えた。

お互い仕事ないのにご飯やジュースをシェアしてもらった恩は忘れない。

5人組の1人でよく寝技を決めていたジャックは去年、イギリスの総合格闘技のチャンピオンになり格闘家への道を突き進む。

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活躍は嬉しく日本で自分も頑張らなくてはと思う。今はみなイギリスに戻り各自思い思いに生活しているよう。

聞いた話によると、イギリスはアメリカのような人種間の差別というよりかは昔からの階級制度の方がが強く残っているとか。国旗で分かるようにオーストラリアもまたイギリスの元植民地である。

 

初めてのシェアハウス5ヶ月 @ファーム

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やっと見つけた仕事はファーム、畑で働いている20数人での共同生活が始まった。

4人部屋(二段ベッド2台)でリビングやキッチンはシェア。週払いの家賃で食事付きで200ドルと決して安くはないが正直どうでも良かった。

仕事があり収入がある、初めて異国の地で安定した衣食住を手に入れた瞬間。

遠回りし勝手に苦労した分、その喜びもひとしお。

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日本人と韓国人が9割を占める典型的なコリアンファームで食事のスケジュールもハングル。

この数年後、とあるYoutubeのチャンネルを見て練習したら読めるようになったがその時は全くダメ。

みんなで畑へ仕事に行き帰って筋トレして同じ釜の飯を食べてお酒を飲む…日に日に仲良くなるのは自然な流れか。

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日曜日はご飯が提供されないので自炊、これもまた普段しない分気合が入り買い物に行く時からもう楽しく休みを満喫。

ここで美味しい手料理を振るまえる人に憧れ、帰国後キッチンのバイトをするのだ…。

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アットホームな雰囲気とドラマチック大自然の職場環境。思い通りにならない現状の先にはもしかしたら今よりいい未来が待っているのかもしれない。

結果的に、オーストラリアではホームステイ、バックパッカー、空港泊、ドミトリー、シェアハウスと寝床を転々とし生き延びた。

辛いことの方が多かったがその都度勇気づけられ励まされるルームメイトに出会えたことは幸せなこと。

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現地民からすれば明らかにおかしなアジア人集団だがこんな僻地の畑に不思議な縁で集まったことに理由はない。

一期一会の出会いは刹那的で、ふとかけた、かけられた一声が相手に響いたり、ふとどこかへ出かけたのが忘れられない1日になったりする。

それこそが共同生活、ドミトリーから抜け出せないのかもしれない理由なのか。

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畑はそれが顕著で2ndビザ取得のための100日間というゴールがあり、普段の旅行よりも長く深い付き合いになる。

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常に流動的に循環し人がいなくなれば、新しい人がどこからかやって来る。

そしていつしか自分のターンは目前に…。

 

まとめ

2013〜2015年は大阪、台湾、山梨、オーストラリアを旅し、時に働き生活した。

Google mapでどこに泊まっていたか正確な名称をだいたいの土地勘で検索するのだがヒットしたやどの写真が懐かしく同時に泣きそうになる。

いつもドミトリーで出会う人たちからたくさんの刺激を受け自分の住んでいる世界はどんどん広がっていくような感覚に。

一体その世界が何なのかは書いていても分からないものの実家から職場に車で通うだけの毎日では得られない何かだ。

 

大阪旅行から6年経った今も自分の世界というのは今後も広がり続けているのかもしれないが果たして二段ベッドからの脱却はいつになるのだろうか。

 

アコモデーション❷に続く

ステイホーム 恋する人工知能と上海

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傘の出番が増えた5月下旬。ついにマイホームタウンの緊急事態宣言も解除され街に人気が戻りつつあるが、全体的な閉塞感はそうすぐには拭えない。

みなマスク姿で俯き気味に歩き、目に見えない恐怖に怯える嘆かわしい現実。

先日PCを修理しに、上野に足を運んだがあまりの静けさに驚いた。人気のないアメ横、飲食業の厳しい実態は閉まったシャッターの多さが物語る。銀座も閑散としていて浅草もまた同じ。

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元気のないTOKYOだがロックダウンせずに終息に近づけたのは嬉ししいこと。一連の流れは海外からの評価も高く、生活様式や日本食に関する検索数が急上昇しているとか…ピンチの後にチャンスが来て欲しいものだ。

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●THE肉体労働

そんな厳しい世の中の巣ごもり需要、自炊、買いだめカルチャーを背景に、某スーパーマーケットの物流センターでの派遣業務が始まった。

2ヶ月半に渡るニートライフからいきなり週5の夜勤を入れてみたり。コンベアから流れてくる食品、生活雑貨の段ボールをパレットに積み替える作業は自我を忘れるほどの物量=忙しさで足を止めてる時間が少ない分、あまり眠くならないのがせめてもの救い。

色んな業者が次々往来し毎日早朝に店舗へ出荷される。

普段何気なく利用するスーパーの裏側、生産者と消費者を繋ぐパイプラインとして24/7止まることなく稼働する物流業界。

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どれだけ技術革新したとしても今自分たちがしている作業は今後も変わらない気がした。

●映画ライフ

昼夜逆転の生活になり、人に会う予定も特にない毎日。実世界では起きないであろうファンタジーを与えてくれる映画はお一人様の時間を満たし狂った睡眠時間軸を紛らわしてくれる。

Netflixもいいが実際観るのは数本で、海外ドラマにどハマるタイプでもないのでAmazonプライムビデオくらいのコンテンツ量が個人的にはちょうどいい。最近観たものを5本+いくつか紹介したい。

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ゆれる人魚

ホラー、ラブロマンスさらにミュージカル要素を取り入れたポーランド映画。80年代のワルシャワのストリップクラブが舞台で人魚の姉妹の妖艶さを引き立てながら人間への禁断の恋を描く。

水に強いしずる感と映像美は必見だが相当心に余裕があるときに観ないとしんどいのだけは先に言っておく。

船で働いていた時、ラボのマネージャーがポーランド人だったのだが、ごつい体格にスキンヘッド、ヒゲモジャでタテューの彼がもしこの映画に出ていても全く違和感ないなとふと思ったり…。

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あと1センチの恋

映画かよ!と数えきれないほどつっこみたくなるラブロマンス。タイミングが合わなくても、例え好きな相手が結婚したとしても、その時々で頑張っていればやがて結ばれるかもしれないと勇気づけられる。

ポジティブマインドは大切。リリーコリンズは目の保養になるのはおそらく間違いないが純愛系とは言えないラブストーリーに響くか響かないかはあなた次第。

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フランシス・ハ

ダンサー志望のフランシスのNYでの奮闘記、そして彼女のルームメイトでもあるベストフレンドとの生活がリズム良く描かれる。

茶目っ気たっぷりのフランシスは日本語でいう天然、気取らずにいつもありのままの姿でストリートを走るシーンは観てるだけで元気が出る。

物語が進むに連れうまくいかず衝突するシーンも増えるが、ふと元気づけ助けてくれるのは友人だったり友人の友人だったり、実家で待つ親だったり。

美しきモノクロ。見えないはずの色がリアルすぎる質感とカメラワークで見えてくるかのようで自然と画面から目が離せなくなり最後の終わり方まで美しい。

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Paterson

バスドライバー、パターソンの1週間の記録。平凡で愛おしく生活感に溢れる日々の切り取り方がとても優しい。

多くは語らず、感じたことを詩におさめるそこに喜びを見出している。

仕事が終われば日課の犬の散歩、その帰りにバーでビールを一杯。帰宅しディナーの席、ベットでパートナーと他愛のない会話をして眠りにつく。
これぞクオリティライフなのか、、、他にはない世界観。

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Her

スマホを持たない日々を送るパターソンとは対照的にスマホ依存に近い日々を送るのがHerの主人公セオドア。

正直なところ、なかなかブログの題材になるような話題が身の周りになく困っていたがこの映画を改めて観たら色々な展開が思い浮かび考えさせられる内容だった。

ストーリーはスマホの音声アシスタントに恋に落ちる男性の話と説明されればそれまでだが、素敵な脚本によって人間の本質的な誰かを求める欲求、感情、人工知能の魅力、両者の根本的な違いを深く掘り下げている。

もしAIが独自に進化を遂げ、持つはずのない感情を示し向こうから語りかけてくるようになったら…しかも向こうは自分の情報を全て知っており、有能で、気が利き肌身離せない存在だとすると好感を持つのは自然な流れか。

離婚を切り出されるも踏ん切りがつかない状態で別居暮らしが続くセオドアの手元にやってきた最高な話し相手サマンサ、彼女の声は徐々に閉ざしていたセオドアの心を解放し彼の表情は明るくなってゆくのだが…。

手紙の代筆ライターという興味深い仕事の主人公の中年男性、セオドアを演じるホアキン・フェニックス、後に彼こそが数年後に大減量をして大ヒットしたあのJOKER役を演じる。

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話は戻り、Herの魅力とも言えるAIサマンサの声はスカーレット・ヨハンソン。

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元妻役にルーニー・マーラ(ドラゴンタトューの女のキャラが好きなのだが話が複雑になるのでしない)。ちなみに現実世界ではホアキン・フェニックスのリアルワイフ!?

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近未来のロサンゼルスという設定に疑問を持たなかったが久しぶりに見返すと作中の高層ビル群にどこか見覚えが。

調べたら案の定、上海の浦東ががロケ地ではないか!

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一度見たら忘れることのできない摩天楼の眺め、見上げすぎて首が痛くなる角度。

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文字通り住む次元が違い、実態もない存在から現代人はどれだけの恩恵を受けてるだろうか、AIとの共存化社会は目前なのかもしれない。

音声AI映画で一際キャッチーで親しみやすい映画がJEXI

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コメディ要素満載のこちらは音声アシスタント機能のJEXIが全く持ち主の言うことを聞かないという…逆転した従来の位置関係、しかしAIが消極的な主人公フィルを強引に行動させ成長させていく。速めの展開で音楽(One  Republic/Connection)に合った心地良いテンポの良さ。フィルの憎めないキャラクターも好きだ。

 

●上海の景色

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Herつながりで去年行った上海の写真も載せておく。船で何度か行ったことはあるものの中心部からポートがとても遠いため何も出来なかったのが悔しく昨年プライベートで4日滞在。

日が暮れるとともに人の波が南京東路の歩行者天国から延々と続き川沿いに放出される。

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黄浦河沿い、上海を代表する観光地の浦東エリアの高層ビル群と西洋建築が軒を揃える外灘エリアとが相対する。

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密、密、ここは蜜じゃない、そういったワードが自ずと頭をよぎりながら今後旅するのかと思うと胸苦しい。

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1842年、アヘン戦争後のイギリスと締結された南京条約によって開港された上海、もとは小さな漁港だったというがにわかに信じがたい。租界地(中国の法律が効かない外国人移住区)として外灘エリアは開拓されていった。

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欧米諸国が次々に銀行や商社を設立し交易を開始。東アジア圏の金融の中心地とし繁栄した西洋建築の跡は今日まで残り上海が誇る人気観光地に。

条約自体は中国側にとって当時不利な条件だったが結果的には良かったのかもしれない。

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%でおなじみ京都の% ARAVICAも外灘に店を構える。ロースターも併設しておりトレンドに敏感な富裕層、インフルエンサーに人気のよう。
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中国四千年の歴史を2時間で堪能できる上海博物館

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ひとりっ子政策も終わり子供が多い館内、宿泊していたバックパッカーで同室になった地方からの高校生旅行者はここに来るのを楽しみにしていたそう。共に朝食をとり現地まで一緒に行くも気合入りすぎて開館待ち。しかしすでに長蛇の列が…なぜ。

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8月の気温と同じくらい彼の熱い思いに温度差を感じ入り口で現地解散、こういうところは思い思いに自分のペースで周るのが1番。

結局彼は丸一日ここで満喫したそう。良かったね。

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龍美術館 (西岸館)

2014年にオープンした上海のアートコレクターの私設ミュージアムは是非また訪れたい。その独特な外観、広い敷地、展示の規模の大きさどれをとっても一見の価値あり。

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チケットは現地購入、現地価格では比較的割高だが納得のボリューム。現代美術中心に企画展が2つ同時開催されていた。

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白を基調とし自然光が入る明るい印象の上層から分かりにくい地下への細道を辿ると上層の海外さながらの明るいオープンなアートと対照的な社会主義感に溢れる地下の常設店につながる。

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ナショナリズムを象徴する赤い壁面に戦争色が色濃く残る国内の成長が描かれた絵画。国営ならまだしもこの意図的なコントラストもまたアートなのかと勘繰ってしまう。
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外灘がある黄浦河を南下したところに位置し、出来て新しいスケートパークやアディダスのランニングベースもあるが、空き地もまだ多く今後の発展が楽しみ。

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泥で濁った水の色は長江と海が混じる上海クルーズターミナルで見覚えがありどこか懐かしい。

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パンタグラフがついた電車のようなバス、仕組みも乗り方も分からず…。乗り放題パスを買い無双状態の地下鉄と徒歩でスターバックスのコーヒーワンダーランドへ。

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無音の電気スクーターはノーヘルでいいらしく40キロほどしか出ないがけっこう欲しい。

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ラグジュアリーなハイソエリアを抜けてしまえばローカルな脱力系日常が広がる。

治安がいい現れなのか、または全く他人に干渉されない社会なのか…思い思いに過ごす彼らを目にし力が抜けた。

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世界的に勉強しなくても中国語の漢字を見てなんとなく意味が感じ取れるのは日本人だけだろう。

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パワースポットとして有名な玉佛寺では写経体験ができるそう。曜日が合わなかったがいつかやってみたい。

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中国の人口は13億…上海の人口は2400万人といわれ東京と埼玉の総人口よりも多い。

いずれにせよピンとこない数字、そして総人口の35%が60歳以上の高齢者といわれ日本と同じくらい高齢化社会。違うのは国土と子供の数か…。

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シェアビジネスが活発な国内市場においてシェア自転車は飽和状態。

アプリさえ取ればオンラインで使えて便利なのだろうけど…VPNという裏技を使わないとインターネットにすら接続できない観光客には高めのハードル。

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タバコが尋常じゃない値段で喫煙者だらけ。一通り市場で食材を見た後の食事ははっきり言って気乗りせず、ファミマの不味い麻婆カツ弁当ががとどめを刺した。

一か八か気になっていたハラルフード認定のローカルレストランに勇気を出して入ったのが大正解。

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美味しい…海外で邪念や疑念を持たず満腹になるまで食べれる喜びは計り知れず。

野菜たくさん入ってて量も十分で200円ちょい、、驚愕のコスパ。ハラル系なのでアルコール類の販売はなく店員の歩き始めくらいの赤ちゃんがまた可愛い。

色々どハマりしてしまい結果、毎食通う。最後の食事を終えるとなんだか感傷的になってしまった。

言わずと知れた多民族国家の中国、この店の人たちも男性は筒状の帽子を被り、女性は髪の毛を隠したりと独自の風習を守っていてた。

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一等独裁の共産党による言論統制や民族、領土問題といった外から見た厳しいイメージとはかなり異なり平和な光景が多かったというのが総括。薄気味悪いほど暗い夜の旧市街でも危ないシーンはなかった。

全世界で流行しているコロナウイルスによって先行きの不透明化に拍車がかかっている現状でその中心に中国があるのも事実だが、政治的な偏見抜きにひとつの旅先として見る中国は新旧が混ざり合い色んな意味でおもしろいと思う。

後書き

観たい映画のリストアップは日課になっており、新しいのも観たいが好きな映画を何度も観るのも好き。よってリストだけが増え続ける。

批評を読み他者の目線も参考に観るのもおもしろいし、今回のHerのように久しぶりに観ると見方が変わっていたりする作品こそ映画の醍醐味かもしれない。

実際に映画の舞台となっている世界へいつか行ける日を楽しみにステイホームしながら待とうではないか。

 

後半写真多めでごめんなさい…。読んでくださりありがとうございました。

派遣の品格 同級生との新たな試み

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ダウンジャケットをしまう間もなく半袖シーズンの到来だ。少し動いただけで汗ばむようになるも代わり映えしない日々に刺激を与えるためドローンを体験しに隣町まで自転車こぐこと1時間。しかし無料体験はものの15分で終了。

触れれただけでもよしとしよう。2日間で民間資格が取れるのだが20万ほどかかるとのこと。空撮以外にも農業や測量など伸び代はあるように思ったが現実的にはまだ厳しそう。飛行時間が短くバッテリーを大きくすると重くなり小型化とは相反してしまう、重力に逆らうのはそう容易くない。

ドローン大手djiの今後の性能向上に期待。

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ベトナムのハンムアでドローンを飛ばす彼に声をかけ映像(リモコンにスマホをはめ込みアプリを介してラジコンのように操縦する)を見せてもらったが、やはり普段見れないグングン離れていく独特の視点は魅力。

趣味なら楽しそうだが、ドローン産業が近未来、伸びるにせよ必要なのは操縦士よりか開発、プログラミング分野の技術者。しばし妄想が暴走していたが体験後、現実に戻ってきた。

 

難航する職探し

求人アプリIndeedを通してこれまで4社応募し大体同時進行で来ているが現状、どれもまだ不透明。

このご時世、募集に対する応募者が格段に多いという…それは履歴書、資格不要の派遣の場合より顕著。今回応募したのは某大手スーパーの冷蔵倉庫での夜勤業務、時給も悪くない。

当日の現地面接に集まったのは返信に対し最速のレスポンスをした3人。筆者以外の男性2人とも白髪まじりの初老でおそらく60歳前後。

倉庫の最寄り駅前で担当者と合流、マイクロバスで移動し入館方法の説明が終わり、必要書類を記入していた時のこと。筆記事項の一つ、有事の際の連絡先欄に1人の男性のペンが止まった。昨年離婚し相手の住所も知らないと言う、色々重い。現在警備会社に勤務しており今後の兼ね合いを心配を吐露していた。

マスクのせいで表情から感じとれる印象は疲れを凝縮させたかのような目のみ。

前向きな方向で話は進み解散、週末には結果が出るという。今までの経験からも言えるが派遣、単発バイトをする人たちの事情は複雑で客観的に見ると自分もその1人なのだろう、察してか否か不要な詮索は終始されなかった。

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奇しくも、彼ら2人はクルーズ船に乗ってくる大半のゲストの年齢層と一致する。船上で会う60代はまだまだ元気でアクティブ、表情は柔らかく目が生き生きしていてよく笑う人が多い。スタジオで撮影するうえで目に入る光の量が写真の印象を左右するほど目の輝きは大切な要素だ。

仕事に優劣はなく人と比べるのはよくないが、数十年後の自分を考える上でどちらの60代も大切な指標であり、幸せの価値観は人それぞれ。お金をかければいいというものでないが、あればあるだけその選択肢は増え質が上がるのかもしれない。

 

行動自粛が続く中、今は後期の第二種電気工事士試験合格が大前提。

あまり先のことは考えられないので、一日の終わりに翌日やることをメモするようにしている。起きる時間、食事の時間、何をどこまで終わらすか、必要なものなど大まかな計画を建ててから就寝。当日、やり終えたら事項からマーカーを引く。そんな毎日における楽しみが…

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●BTS (防弾少年団)

自分でも驚いている。BIGBANG、少女時代、KARAがドンピシャの世代でGーDRAGONのライブに行ったことはあるものの…時は流れ各々脱退や解散、ソロ活動が目立つ入れ替わりの激しい業界。次世代の担い手としてBTSは一躍時の人となったのは知っていた。

BTSファンのことをARMYと呼び、これまでも普通に聞いていたのだが今回ハマる転機となったのがカープールカラオケ(carpool karaoke)!

The Late Late Show with James Corden というアメリカのTV番組の1コーナーで人気MCジェームズ・コーデンが運転する車内で超大物シンガーとトークを交えながら熱唱するという企画で、文字通り世界をまたにかけるスーパースター7人組が満を持して出演。

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https://www.google.com/url?sa=t&source=web&cd=1&ved=2ahUKEwizzIey9a_pAhVWyIsBHYr5CVQQwqsBMAB6BAgOEAU&url=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DT4x7sDevVTY&usg=AOvVaw3U9MYQWA6qCjU-HO-ylK0F

同じ人間とは思えないほどの圧巻のダンスパフォーマンスと安定した高音の歌唱力。

恥ずかしながら7人の見分けがつかなかった筆者、そこからMV(短編映画級)とライブ映像を見続け顔、名前、声を網羅。歌とダンスにこれほど勇気づけられるとは思わなかった。音も良く不思議と勉強も捗る。

観客で埋まったライブでさえ今では懐かしく思うほど毎日刻々と変化する日常において音楽は不変の幸せを与えてくれる。

 

思い出せば船での初韓国は釜山の南西に位置するという港町 麗水(Yeosu)、そこで出迎えたのはBTSの音楽だった。

冒険の始まりを告げるような濃霧に直面する当日の早朝。

FAKE  LOVEという曲がスピーカーから爆音で流れ、これ以上に血の気の上がるショアリーブは今後もないだろう。

https://www.instagram.com/s/aGlnaGxpZ2h0OjE4MTQzMTU4NzcxMDI3MTAz?igshid=9erigx70vknv

その昔、国際博覧会麗水EXPOが開催されそれに合わせて都市開発するも大きな成果には繋がらなかった様で街はかなり寂れていた。本来は自然の残る秘境スポットとして有名で湾内に点在する島々とロープウェイが調和した素敵な景観。

シャトルバスで市内のロッテマートとその周辺を散策。帰りのシャトルバスを逃し仕方なく乗ったタクシーが100キロ出してバスより早く到着したのも思い出。

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釜山(BUSAN)

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この際、ついでに釜山のお気に入りも書いておこう。南浦洞、ジャガルチマーケット散策してからの焼肉もいいけれど、、、個人的に辿り着いた答えはアジア最大級のショッピングモール新世界SPALAND。

温泉を楽しんだ後、着替えて韓国版サウナ、チムジルバンこれに尽きる。日差しがたくさん入る広大な岩盤浴ゾーンをアイスコーヒー片手にアトラクションのようにカップルで周るのが現地スタイル。

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汗をかいて代謝をあげてお腹を空かせたら地下のフードコートでご飯、野菜いっぱい食べれる一人前で提供されるしゃぶしゃぶはおすすめ。お酒メニューないのだけが難点かだがキムチ食べ放題万歳。
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GENTLE  MONSTER のサングラスは一際お洒落。BLACKPINKJENNYがアイコンを務める国内ブランドでいいお値段するがお店の装飾も店員さんのスタイルもすごく良い。恐れずエッジの効いたデザインのサングラスに挑戦するのもあり。

 

●動画編集

もうひとつハマっている…よりかハマりかけているが正しい動画編集。前回書いたように今後も需要は伸びると予測されており自分も動画を作ってみよう、そう思い立ち連絡したのが一緒に銀座でお酒の配達をしていた時期もある高校の同級生バーテンダー。

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着実に実績を積み、大会に出場したり、ウェブマガジンの取材を受けたりと頭角を現し今や店長になるほどの実力。

https://hanako.tokyo/column/kojimari-bartender/130049/

同い年ながら尊敬できる人間性も兼ね備えバーテンダーとしての才能にも溢れている。一流の素材を活かすか殺すかはビデオグラファーの腕次第…非常事態宣言の影響で彼の所属するお店も夜の営業中止を決定。ランチライムのみカフェとして営業する現状で今回の提案に快諾してくれた。

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自宅でできる割り氷、カクテルの作り方動画を今月末YOUTUBEにあげる予定。1本目は無料のiMOVIEで作成してみたがMacBook修理出来次第、自由度の高い編集を可能にする有料版のソフトにしようと思う。
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ついつい写真で撮ってしまうところも動画で撮れば良かったと編集中に後悔する場面が多々あり難しさを実感。聞けば聞くほど奥が深いお酒の世界、料理、食材との関連性などなど引き出しはたくさんありそうだ。

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自炊する機会が増えた今、定番に飽き海外の料理やお菓子を作る写真をSNSでよく目にする。それらにあう美味しいお酒が家で作れたらもっと旅行気分を味わえるかもしれない。

そして自粛が緩和された際には、動画をきっかけに彼のお店に直接足を運ぶ人が一人でも増えたら嬉しくそれが最終的な目的。

無駄のない洗練されたバーテンダーの手捌き、五感を通して楽しむお酒の美味しさ、居心地の良い空間で生まれる会話、新しい知識、経験がバーにはある。


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先日、Pクルーズ本社のカリフォルニアから自宅宛に労いの手紙とピンバッジが届いた。

未曾有の状況でも気にかけてくれるところに誠意を感じる。正直、特別これと言って何かした訳でなくどこまで貢献できたか分からないがクルーズ船でこ経験が誇りであることに変わりなはない。

まだ先が見えず海を彷徨っている船は多く、友人のクルーも乗っていたりと一日でも早く彼らが帰途につけることを願って。

 

続く。

少し複雑な構成になってしまいましたが今週も読んでくださりありがとうございました。

 

一変する世界を生き抜くために出来ること

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2年前、自らこの世を去った世界的DJ AVICII、彼が2013年に出したアルバムTrueのひとつDear Boy…この疾走感に溢れるEDMソングをヘビロテしてかれこれ数週間。

夕飯を作る時も、台所にポータブルスピーカーを置いて彼の音楽をかけると勢いで3品作れたりする…だがそれは音楽との因果関係というより食材があってこそだということに後日気づくのだった。

記事の内容がリアルタイムに追い付いた上にトピックに会う写真もないので去年の夏、北海道を周ってロシアの極東部、ウラジオストクに寄港した時のを使います🇷🇺

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シベリア鉄道の始点であり、ヨーロッパ(行ったことないけど)のような街並みが魅力。

軍港都市だけに港には街と調和するグレーの軍艦の数々。緊張感が走るが、韓国人観光客の多さに冷静さを取り戻す…地理的に近いからね。

街の中心部はコンパクトで周りやすい。

気になるのはすれ違う人たちの表情、目線から漂う未経験レベルの冷酷な悲壮感、それは表現に困るほど。

寒い国ならではなのか、これが旧ソ連体質??と最初勘繰ったが、決して怖さや悪意がある訳ではなくシンプルに慣れないだけだと気づき、次第に根暗のポテンシャルが目覚め独特の哀愁にどこか心地よさすら感じた。

最終的な印象は◎ ビザの規制もあり時間もあまり取れず、もしものことを想像すると非常に心細かったので是非ともプライベートでゆっくり再訪したい、そんな都市ウラジオストク

願うはコロナの終息と世界平和。

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今回、、順に書いていくのはずばり副業について、、、

現在、本業のない人間が副業などふざけた話だが一旦それは置いておこう…言葉の響きに好感的でない人が多く日本人の美徳と相反する気もするが、少し考えを変えると副業に対する見方に違いが生まれるかもしれない。

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人気の副業アプリ

具体的な例としてアフィリエイト(ポイント還元)、せどり(転売)、ブログ(ちなみに当ブログは100話書いて利益なし)、動画編集、レビュー(文字起こし)など様々なやり方があげられる。

読者の中にはもう実行している人がいてもなんらおかしくないご時世、これらに共通するのは…

①1人で出来ること

②隙間時間にできること

③スキルや一定量の知識が伴うこと

そうした技術を持つ人と、それらを必要とする人をつなぐアプリの最大手クラウドワークス、趣味系に強いココナラTIME  TICKETといったサービスを仲介して収入を得る仕組み。上記は全て無料アプリで初期費用はかからない。

筆者は英会話スクールの体験レッスンレビュー、写真販売の経験がある。

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動画配信マーケット

このサービスはコロナによる巣ごもり需要増加で拡大しており、その中で絶対的な地位に君臨するのがGoogle社のYouTube。

説明する必要ないほど日常に浸透しYouTuberが子供の夢になる時代、自分と画面越しの他人との間にある不思議な親近感、多岐に渡る圧倒的なコンテンツは唯一無二。

飽和状態な気もするが需要は増え続け、YouTuberが増えるのも自然な流れと言える。

 

英会話YouTuberの草分け的存在のバイリンガールちかさんはワーホリ前、幾度となく見聞きして字幕を書いて練習した。

動画編集の質、撮影環境がチャンネル登録者、視聴回数の増加と共に驚異的に進化していく姿に興奮したのを覚えている。公式YouTube広告として載った雑誌の切り抜きを勉強机に挟むほど勉強するモチベーションになっていた。

とは言うものの、恥ずかしながらチャンネル登録機能を使い出したのはつい最近のこと、隔離生活以来すっかりハマっている。

 

音楽はもちろん旅行系ならNasDaily

ワンピースの考察ユイの研究室 

アングラサブカル系VICE JAPAN

などがお気に入り、こればかりは言い出したらきりがない。

 

まとめ 技術、情報、経験はアプリを使い発信することでビジネスつまり副業になりうる。

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自分を知ること

そんなスペシャルな技術持ち合わせていない、、と悲観的になる前に一度、自分を見直すことは有益。

「あなたは何ができて、何に長けていて、何をしたいと思っていてそのために何をしているんですか?」

不意にこんな質問をたたみかけられた時、どれだけ答えれるだろうか…。客観的に自分自身と向き合う行為には見たくないもの、避けてるもの、苦手なものと向き合うことが必要不可欠。

弱点や短所は誰にでもありそれらをカバーする強みや長所も同時に隠れていると信じたい。

 

●時間をかけて自分も一つずつ考えてみた。

何ができる…写真、執筆、英語

→手を動かすのは好きなのかもしれない。割と筆マメ、だがどれもいまいちで特にこれと言えるスキル、資格はない。

 

何に長けている…情報収集、フットワークの軽さ、行動力

→自分一人で動く分にはいいが周りを巻き込むのは苦手。

 

何をしたい…旅。そのための生活拠点を作りたい

→これは長年思っており船の仕事は一時的に可能だっただ今は別のプランを考えよう。

 

そのために何をしている…なるべく各週のブログ更新(情報発信)、スキル獲得のための勉強(動画編集🆕 電気工事士🆕 色彩検定など)

→いつもの浅く広く作戦、まずは触れてみて、あとは続ける努力。これが難関…

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●これらを踏まえて、コロナ後の世界を考えて自分に出来そうなことをまとめると

 

①興味のあるジャンルから情報を集める

→時事ネタ、社会問題。

予算縮小、旅先の国内集中に伴う民泊需要増加。海外に行きたくても自由に行けない時代、キャンプ、ネイチャーアクティビティ。

一極集中型社会の終焉。オンラインの働き方改革が進み地方への人工の流入。5G、キャッシュレス、シェアリングビジネス。

地産地消、加速する国産ブランドの価値。特に食、天然資源に関わる第一次産業への期待、エコ(サスティテナブル)。ビーガン(完全菜食主義)。自給自足…

といったワードは今後取り上げられる機会が増えそう。

 

②写真(動画)を撮る、取材する

→撮影方法の多様化。

独学の場合はSNS、雑誌を通して写真の構図、アングルなど理解して真似する。スタジオや空撮には一定のスキルが必要だ。

一つ気になるのはどこまで直接、現地に赴けるか、行動範囲に制限が出てくるかもしれない。

 

③執筆、編集、そして公開

→発信媒体の選択。

動画配信の方がブログより身近でアクセスも気軽。前述したようにYouTubeはその代表格。

Noteというサイトでは自分の持つ情報、経験に対し自分で記事に価値をつけ有料化することもできる。筆者はログインしたものの手をつけていない…既存の枠でやるのもいいし、より魅力的に発信するためにプログラミングを学びWORD PRESS などでWEBデザインするのもひとつ。どれもSNSと紐付けて自己PRを促進していくのがトレンドのよう。

こういった①②③のフローが成り立って出来たモノに価値がつきその結果、人の役に立ち対価を得れたら超理想。

いずれにせよこれらが自分の商品、となり、発信媒体を使った視覚的な自己ブランディングを可能にする。

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住みたいのは南のあったかくて海、離島がある長崎、鹿児島、熊本…この辺は妄想の世界。

ここ最近、こんな事ばかり考えてしまい自ら不安を煽っては電波のない世界=海へ逃避したくなる。それに加え結論、別に副業をやらなくても死にはしない。(本業、仕事があれば)

船はまだ脳内の1/3を占めておりそう簡単には手放せない。 

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この葛藤は今後も続くだろう…しかし次のことはもっと大切であり、これからの人生の方が遥かに長い。これは事実。

 

日に日にデジタル化が進む今、真剣に自分の問題と向き合いこれから時代が求める人材になる努力をしてみるのも悪くない。

手探りでもやると決めたならFB創始者が言うように Done is better than perfect  (完璧を目指すよりまず終わらせろ)を目指してPDCAサイクルを回そう。スキルは後からついてくる。

もしそれでもダメだっらその時はその時だ。

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そう言う訳で、色々と手の届く範囲で計画を建ててみた。連休明けから少しずつプランが動き出すはず…。

とにかく前向きにやっていきたい、そんな5月の抱負。

続く

 

もし何か気になることや賛同、意見などなどあればコメント、DMください、お待ちしています。

今日という日は明日のために クルーズ船クルー総集編

机に向かう時間が増えた今日この頃、気づけば世の中は大型連休に入ろうとしている。

もうそんな時期かと開いた手帳は真っ白、5月のスケジュールを1つでも作りたいのは本心だ。

なかなか長期間家にいることもないので部屋を掃除して断捨離したり、雑誌(主にPOPEYEと&Premium)を読み返したり、時には少し手の込んだ料理を作ってみるのも楽しい。

現像した写ルンですの写真を机に広げると日常生活に戻ってきた実感が徐々に湧いてくるのだった。

毎日休みのメリハリのない自粛生活、テレビをつければ見たくなくても入ってくる悲しいニュースと大量の情報。

今や昔、ほんの2ヵ月前まで普通にクルーズしていたのが信じがたいほど海そのものが文字通り遠い。

船上か海外旅行でほぼ家にいなかった2019年。 それこそが日常で、2020年の年明けを船で迎え今年もそうなると勝手に抱いていた期待は儚く崩れ去る。

しばし抜け殻状態で、並々ならぬ倦怠感からやる気が出ない日が続いた。

一冊の本

つい先日、筆者の愛読誌にも連載を持つ元編集者で執筆家の松浦弥太郎さんの著書「ほんとうの味方のつくりかた」を読了したことが一つの転機になった。

美しい装丁で出だしからその優しい語り口に引き込まれる。 読んでいる最中に買って良かったと確信するほどその内容はちょうど今自分が必要としていたものだった。

自分の内側にある味方、外側にある味方に一つずつ焦点を当てそれらの味方を意識と行動で身の周りに増やす方法が端的、かつ丁寧に読みやすく綴られていてる。

〇〇歳までにやりたい、〇〇成功術、〇〇の言葉!といった突発的な感情論とは全く異なった切り口の自己啓発系。

響く言葉の応酬の中でも一際、心に刺さったのは自分をじっくり見つめ直し、素直に受け入れる上で(人生は)おおむね、思うままにならないのが大前提、という一文、ふと合点がいった。

長らく欠いていた考え方はこれかと。 なぜなら船で働き始めてからの2年間、正直うまくいかないイメージをすることなく過ごしてきたから。

クルーズ船という職場

性格を表すとしたら闇深めの根暗系ポジティブ、さらに熱しやすく冷めやすいとこもある自分がここまで情熱を持って仕事する日が来るとは最初の仕事を辞めた時は思いもしなかった。振り返るとオーストラリアワーホリも満足こそしているが苦難の連続…。

そんな中でも帰国後、夜間で専門に通いつつ陸でジョブ(バイト)ホップを続け見つけたクルーズという仕事。

飛鳥に書類で落ち、諦めかけた夢はIndeedによって再燃。奇跡的にアジアを拠点とするSクルーズに入れて船員手帳まで取得した。

高みを目指しグローバルに展開するPクルーズに環境を変え、運も味方しポジションもブッフェレストランのウエイターからフォトグラファーという理想に近いところまでこぎつけた。

時間を常に気にしていかに速く楽に終わらせるかを突きつめていたあの頃とポジションは違えど船上という職場に変わりはない。

空と海の世界が広がる航海日、足りないくらいがちょうどいい寄港地での散策、国際的な乗員、乗客との交流…不朽のロマンがある。もちろんやりたくない事も時にはあるがそれも含めてこの仕事が好き、自分に合っていると言えるのは幸せなことだと家に帰ってきた今、より強く感じる。

根暗でシャイでは写真を売るどころか撮ることも出来ず、技術的にもまだまだ…同僚にはたくさん迷惑をかけこのままではお荷物でしかないという悔しさ、劣等感も忘れてはいない。

写真、そして文章、欲を言えば会話力この3つは常日頃から上手くなりたいと思う。

コロナウイルス

確かな技術を身につけて、喜ばれるポートレートを撮リたい。そしてアジア以外の航路を周ってから辞めるんだろう…そんな青写真を描いていた自分にとってコロナはまさに晴天の霹靂。

まさか自分の乗っている船で知らぬ間に感染が広がってるとは…横浜に戻った日ですら現実的に受け止めれなかったのが正直なところ。現実は数字を見ての通り悲惨なものとなってしまった。

この場を借りて亡くなった方々のご冥福をお祈りします。

そして多方面に及ぶたくさんのご支援に感謝します。本当にありがとうございました。

主観的に見たもの、感じたもの、そして客観的な見られ方、報道。1月の日々が夢かと思うくらい2月は辛いものでした。

船内にいたからこそ外部から入る色々な物から守られていたのかもしれません。

フォトグラファーは初日の乗船日からフォーマルナイト、レストランはもちろん下船日の朝まで(ほぼ全員の)乗客と浅く広く関わります。なので煙たがられるしその気配を一番察しているのは私たち。

このクルーズは海外の方が多そう、リピーターが多いな、日が経つと共に顔見知りができ、あのキッズは…あの家族は…ハネムーンか記念日かなどとさりげなく分析を進めているので知らぬ間にかなりの人数の顔を覚えたりしているもの。

14日間クルーズといつもより長かったこともあり、客室での隔離が始まり接触がとれなくなってからは余計にあの人たちは大丈夫だろうかと個々に心配していたが、安否を知る術はなかった。

職種に関わらず接客に携わるクルーはみな同じ気持ちだったかもしれない。

全乗客の下船が完了した後の船内はただただ閑散とし静寂…特に夜は空間そのものが眠っているかのよう。 活気溢れる船内が日常だったあの頃を想い、無人になった船内の写真を撮ることに決めた。

ツイートすることに躊躇したが写真は世に出てなんぼ…職業柄、不思議な使命感に駆られていた気もします。

順番に各国のチャーター機で帰路に就く同僚たち。

アメリカの次はEU、ヨーロピアン枠でチームに革命を起こしてきたマネージャーが一番先にいなくなるフォトデパートメント…呆気ない幕切れ。

その後もカナディアン、フィリピーナそして日本人の下船も刻一刻と近づく。

無念の下船。 船に長くいるのはさほど苦にならないクルーも流石に3週間は限界が近かったのでなないだろうか… さよなら大黒埠頭。

毎日見ていた横浜ベイブリッジもしばらく見納め。大桟橋ターミナルに停泊していた時にくぐっていたのがレインボーブリッジだったのでこの橋の正式名称を知ったのはかなり最近。

忘れかけていた足早に動く車窓に安定のバス酔い。

施設内隔離

ベランダがあるだけで日差しが入り、外の空気がいつでも吸える。会社の計らいで生活必需品も十分に備えられ不自由なく2週間過ごすことができました。

WSJ.の表紙、巻頭カラーを飾るA$AP ROCKYはグリル(銀歯)を見せて微笑む。そうだ、苦しい時こそ笑わなくては…

ワンセグTVと同僚に借りていたスピーカーはとりわけ重宝した。 久しぶりの民放、ANKERのポータブルスピーカーは返却後に同じものを購入するほど今ではなくてはならない存在に。

一日2回検温に来るいつメンの医療従事者2人組。 元気?調子はどう?何かいるものは?また後でね!といった短い会話からもパワーをもらえていた。

メディコー(MEDICAL)のハイトーンボイスと文化の違いを感じる強めのノック音は3部屋先からでも聞き取れる。今となっては懐かしい思い出でこの期間を過ごしたクルーはみな彼らのことが好き。

全力でケアされているんだと心強く感じるほどの素晴らしいホスピタリティを垣間見ることができた。途中から日本のお弁当がメニューに加わったその思いやりにも感謝。

PCR再テストでも陰性が確認され無事出所。

2週間ぶりの部屋の外、ロビーのグリーンゾーンにて初めて防護服無しのドクターに会えた。笑顔で短い会話を交わした時、あっこれで終わったんだと痛感した。

振り返ると本当にたくさんの人に支えられてなり立った計5週間の隔離生活、なんだかんだであっという間、手元には船内から帰宅までを共にした写ルンですがあった。

最後にもう一度お世話になった方々皆さんありがとうございました。

終わりに

これまでクルーズを題材にクルーとして働くメリットや寄港地での過ごし方など出来るだけポジティブな面を書いてきたつもりだ。クルーズを通して得た経験、情報を写真というツールを使って乗船クルーでいる限りは発信、さらにお世話になった方々に還元できたら何より嬉しい。

そして15話目の今回。あの一件については当事者として思うことも多く、複雑な胸中でいつか書こうとは思っていたが一番いいタイミングはいつだろうなどと考え先延ばしにしていたのが本当のところ。

松浦弥太郎さんの本に背中を押され今一度自分の状況を解釈し、書いてみたらずっとモヤモヤしていた脳内がいくらかスッキリした感覚に。著者いわく見えない、会った事のない読者の皆さんもまた筆者の味方なのかもしれない。

今後のクルーズ業界の再出発には厳しい意見や批判が向けられるのは間違いなく、どれだけ安全面を配慮してもこれまでのような日本発着の市場復活には相当な覚悟と時間が必要になる。

今年26際、 現場で働くのはそう長くないかもしれないが、どうなるにせよこの経験を糧に5年後、10年後ちゃんと自立出来るよう今は自粛、そして机上の空論的アイデアを蓄えて先の見えない再乗船の日を待つことにします。


優しさに包まれる南国の楽園 鹿児島編

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日の出とともに暖かい空気が鹿児島湾を包む朝、船は港に向けて速度を少し落として進む。小さい富士山のような形の山を過ぎるととうっすら桜島が顔を出す清々しい一日の始まり。

温暖な気候と類似してか、人々の温もり、思いやりが感じられる大好きな寄港地の一つ鹿児島市。いつも滞在時間以上に満足感、幸福感を得て帰船するその理由は船外で出会う人々が不思議なまでに優しいから。

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●マリンポートかごしま

錦江湾に浮かぶ人工島で雄大な桜島を眼下に望める。立派な天然芝にランニングコース、ヘリポートまで併設する珍しいポートで2016年完成と新しく長崎同様かなり広めのキャパシティ。

前述したが、早起きして鹿児島湾に入っていく景色と風を是非堪能してほしい。すると山々に囲まれ守られているようにも見える市内が次第に大きく見えてくる。

錚々たる顔ぶれのクルーズ船が定期的にマリンポートかごしまに来航。

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そこまでクルーズに興味がなくてもよくニュースを読む人なら分かる名前がちらほら…。

これだけの世界を代表するクルーズ会社の船が鹿児島へ寄港するのは中国からの利便もあるが、観光地としての高い評価、期待の表れだ。

着岸後、まず最初に目を引くのが色んな国旗を振って万遍の笑みで下船客を出迎えるピンクアフロのおじちゃん。警備員さんの中にも1名いつも同じ人がいて両者共こっちとしては勝手な顔見知り感覚。

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下船していきなり、芝生でキャッチボールをしていた学生たちに飛び込み参加した自身初外出。

船が職場兼家などと言う謎多き人間でも彼らは快く仲間に入れただけでなく、さっき買ったばかりというNEWグラブまで貸してもらい何dか申し訳ない。筆者は左投げだが有り難く使わせて頂いた。天気が良ければターミナルでピクニックもできる、新しい。

そしてターミナルに欠かせないのがホットスナックの屋台。買うのはいつもたこ焼き。

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あんまり半生が得意じゃないがここのはよく焼きで満足の食べ応え。

このお店を営む老夫婦を親のように慕う韓国人の同僚に紹介されて以来、寄港したらあいさつするように。その後QEに移籍したその同僚の動向や最近の出来事を報告すると嬉しそうに聞いてくれて最後に頑張りなとフランクをサービスしてくれるのだ。

彼らの優しさは一体どこから来るのだろう。

離岸時のペンライトを振っての見送りも毎回恒例、それも肉眼で見えなくなるくらいまで淡いネオンが暗闇に光ってゆれてるのを見るのはエモーショナルな体験。

この場を借りてポートの皆さんいつもありがとうございますとお礼を言いたい。

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団体でのツアー、個人でのタクシーチャーターを除けばクルーには大きく2つの選択肢がある。

 

徒歩 海を挟む大橋を渡り市内へ

海にかかる橋を越え真っ直ぐ歩くこと10分。外国人クルーが入り浸る2強スポット。

①ドンキホーテ

言わずと知れた激安の殿堂。あんなものやこんなものも売っていて最悪何も買わなくても、日本語に囲まれた異空間にいるだけで旅行気分を味わえのだろう。気持ちは分かる。

また近辺には星乃珈琲、スシロー、GoGoカレーといった全国チェーンのレストランや大手スポーツショップの入った複合施設など充実したショッピングエリア。ラウンド1でボーリングするのも密かな夢。

 

②マンガ倉庫

広めのセカンドハンドショップらしいが普段外出しないクルーですらマンガ倉庫のために出るほどの熱烈なファンを持つ。スマホやゲームなどの電子機器は彼らの母国で買うより安く、品質も安心のJAPANブランド。ホビーやフィギュアなどアニメ好きのクルーも多く客船の寄港日は忙しくなりそう。ギター担いで帰ってくる人もいたりする。

 

徒歩圏内はかなり日常に近いスポットが多く、何か特別な鹿児島感が欲しいところ。

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シャトルバス ドルフィンポート経由で市内中心部へ

90%筆者はこっち派。ヤシの木がペイントされたいわさき交通のバスに揺られること20分。初めての寄港地はこの間に、その日の行き先をGoogle MAPで検索。完全な自論だが★の平均値よりも★5の数とそのレビューを読んだ方が参考になる。

現在は商業施設の営業を終了してしまったドルフィンポートから徒歩5分、路面電車の線路手前を左へ。住宅を改装した喫茶店がある。

●珈琲なぎさ

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ダークブラウンの家具と淡いベビーブルーの壁の色が印象的、メダカを眺めながら深煎りのブレンドをいただく。

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ランチタイムのすり下ろしリンゴが入ったカレーの上品な甘さは苦いコーヒーとの相性抜群、締めのコーヒーゼリーにのるのは挽きたてコーヒーパウダーがかかったバニラアイス。コーヒー愛を感じる品々。家のようで家じゃない、でも頂くのは家庭的な手料理、ワンダーランド的空間。

旅行好きの女性オーナーが渡航先で買い付ける数量限定の小物や雑貨、普段使いも出来るアクセサリーは地元のマダムたちに人気。

 

●COFFEE INNOVATE

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また違ったタイプのカフェが市役所の裏側にありここはコーヒー雑誌に掲載されていたお店。

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メインの通りから一本入ると人通りも落ち着く。大きな窓から日差しも入るが明るすぎない店内。天井高い。

革のソファに深く腰をかけレコードから流れる音楽に耳を傾ける、、置いてある数冊の雑誌のチョイスも秀逸…あ〜ここの近くに住んで毎朝通えたらなんて妄想してたら隣から楽しそうな声が。隣のファッショナブルな異空間との間に境界線はなく出入り自由。最高じゃないか。

アメリカーノとホットサンドをオーダー。おかわりラテはテイクアウト用に、同じビルの向かいにはスケボーショップDUSKもあり長居確実。

カフェイン投入完了したらデパート山形屋を通って天文館通りへ。天気が多少崩れてもアーケードがあるので安心。

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永田シロアリという駆除業者のビルはインパクトの塊。

だいたい100円ショップと2ndストリートをはしごしてから一角にあるザビエルの一生が描かれた天井画を見上げるのがお気に入り。
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スペインに生まれフランスで神学を専攻したザビエル。

インド、東南アジアへの布教の旅は困難の連続だったそう。その途中マラッカで鹿児島出身の武士アンジローに出会ったのがきっかけで日本へ。鹿児島の人たちは温かく迎え入れてくれたと手紙に記している。

その頃から鹿児島の人たちは優しいのか…感慨深い。

少年期に戦争を体験し、宗教改革、大航海時代の全盛期に生きた波乱万丈な彼の人生は今後も日本史の一つのターンニングポイントとして語り継がれてゆく。

 

天文館は九州ラーメン激戦区。いろいろ食べ歩きいたのだけど、、

●こむらさき

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一度食べたらこむらさきにハマってしまった。まさに病みつき、それ以来ここ一択(そうゆうとこある)長崎のちゃんぽんと同じく濃厚なので筆者は白飯必須。

1階はコの字型カウンター、2階はお座敷でグループにも対応。食券を買って待とう。

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着丼!美しい盛り付け。豚骨鶏ガラの濃厚スープと具材を下からよくかき混ぜよう、この時の湯気の匂いが最高だ。

野菜とチャーシューをソーメンのように白い細麺に絡めて、、、たっぷりの茹でキャベツと椎茸がアクセント、付け合わせのタクアンでさっぱり口直ししてからニンニク追加でさらにG系へ味変。Sクルーズのご飯からするとこのラーメンは最高の御馳走。お腹一杯。

味の濃さ、ヘビーさは好みが分かれるテイストかもしれないが横浜のラーメンミュージアムに出店しているとか、おすすめです。

 

●城山記念公園展望台

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天文館から歩いて20分、、照国神社を抜けると順路に合流。伸びた木の枝が額のようになり桜島をより引き立てる。はるか彼方に見える船は手前のビルより大きく見えたり?クルーであろうと目を疑う時がある。

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天文館むじゃきと言われても何か分からないがが南国 白くまアイスの商標はみんな知ってる。

南国とは鹿児島のことだったのか、、納得。天文館の本店で食べれる白くまかき氷は泣ける美味しさ。他にも黒豚しゃぶしゃぶやさつま揚げなど有名どころは多くお酒もすすみそう。市内の充実したインフラも素晴らしい。

 

桜島へは水族館近くのフェリーターミナルから15分。噴火する姿も見る。灰色の噴煙が雲の高さまで上がりしばらく続く。島民は頻繁に避難訓練を行ってるとか…。サンダルで外出すると足に灰がつくので靴は履こう。

船内ツアーでは時間に限りはあるが仙巌園や指宿、霧島といった遠方へのオプションもある。クルーはお風呂がない(シャワーはあります)ので基本いつでも温泉に行きたい。

野球好きの筆者、鹿児島に一つ思い当たる節がありググってみたらヒットした場所。

番外編 烏帽子山 最福寺

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小さい頃に買っていた某野球雑誌。

そこに載る苦悶の表情をした選手にバチバチ燃える火柱の写真。どうやらお経を唱えて精神力を鍛える修行で、護摩行というらしい。

キャンプ前のシーズンオフ、清原や金本、新井ら一部のプロ野球選手がそれをしにわざわざ鹿児島に毎年のように足を運ぶのだ。

そのお寺が鹿児島の平川と言う所にあり電車で行けそうなので行くことに。

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思ってたのと違う外観。

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堂内には国内最大級の木造仏、弁天財が鎮座する。火柱は立っていない(真夏)。

ここの法主である池口氏には半分都市伝説のような逸話や政界とのコネクション、さらには北朝鮮とも繋がりがあるとかないとか。地下には博物館顔負けの東洋美術コレクションがある。人気はなく薄暗いからまた不気味。壺、掛軸、菩薩像、刺繍。中国、西安の兵馬俑まで寄贈されており何者なんだと背筋が凍った…。

信じるか信じないかはあなた次第です。

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無事に最福寺を後にし安堵。

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帰路の無人駅で見つけた一枚のポスター、何といいキャッチだろう。

1863年、生麦事件が発端となり薩英戦争という鹿児島VSイギリスという現代では考えられないような戦いが起きる。そこで惨敗しイギリスの強さを知った西郷隆盛や大久保利通らは開国論へと舵を取り、幕府を倒すため長州藩と薩長同盟を結び大政奉還、明治維新を果たすのだ。

この一連の映画のような流れロマンだね。時を読み、考えを変え、プライドを捨てて戦って掴む成功は尊い。負けから学ぶことはたくさんあるはずだ。

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2019年夏。マリンポートかごしまで長年クルーズ船出迎えの指揮を取る女性がDPのクルーズに来られた。

その船旅は確かお子さんからのプレゼントだったと記憶している。初の乗船、「いつも見送ってる船に乗るのは不思議な感覚だ」と率直な感想を述べられ、これまでの港での献身的なおもてなしを知った船長の計らいでサプライズで特別なパーティーに招待され、直接船長と話せて良かったと喜ばれていた覚えがある。

仕事中の短い会話だったが、彼女の高揚感に満ちた表情は今でも忘れられない。

 

現在コロナウイルスの影響で、休止に追い込まれている世界中のクルーズライン、寄港地として客船を受け入れる側の方々も安全に再開する日を待ちわびていたら嬉しい。

 

続く

 

 

ついに念願の九州初上陸 長崎編

いつか行くだろうと思い続けて20数年、図らずともその時はやってきた。

人生初九州…長崎、いい響き。

中国から九州間はシーデイ1日(前日の夕方に出て、終日航海日丸一日、翌日の朝に寄港)と非常に利便が良く、当時は九州2ポート挟んでの5日間ショートクルーズ。

この辺の距離と日数の感覚は船での旅行ならではで,初めての人は戸惑うところかも。

終日航海日の翌日の朝、港への到着が近づきいつものように朝食の準備をしていると大橋出現。

①女神大橋

これを悠々とくぐっての入港。ロマンがあるじゃない!

香港の時もふれたが、レストランがある12階最後尾からの壮大なパノラマビューは仕事中の数少ない癒し。

そのために一旦、仕事の手を止めちゃんとテラス席へ移動してパシャリ。

クルーズ船を真上から見下ろせるレアスポットとあってインスタグラムに並ぶ写真はどれもすごい構図。名高い長崎の夜景と直進してくる流線型の光り輝く塊美。

変に聞こえるかも知れないが、乗ってる側からすると自分たちの船がどう進んでくか分からないので画面上で客観視するとまた違う見え方がある。撮影者の心理とかを考えるとさらに面白い。

橋を越えしばらくすると右舷側、洗練されたデザインのターミナルに停泊。

②松ケ枝ターミナル

滑らかな曲線に沿って隆起した建物とそれを覆う青々とした芝、その先に生える背の高い木々。

職場から見下ろしている段階でもう歓迎されている気分。植物は偉大だ。

内部では丁寧な観光案内が行われ、地図はもちろん、路面電車の一日乗車券も販売しており海外からのクルーズ船を受け入れる準備は完璧。周辺には出店も来て民芸品や雑貨などセンスを感じるチョイス。

同部屋のマレーシアンはここでよくガンプラやワンピースのフィギュアを買うポイント1。

③街へ繰り出そう

長崎は街と港の距離が近いのも非常に印象的。

観光地の選択肢も幅広く、慣れてくるとその日の気分で行先を決めれるように迷いはなくなる。 歩いても良し、路面電車も良し…利便もよく公共交通機関はお財布にも優しい、まさにクルーが喜び理想的な街づくり。

本当はよくないが寄港地の日は朝食抜くこともしばしば、糖分チャージのためにまずパン屋へ。

●Gaillard(ガヤール)  

ターミナルから歩いて10分ほど。

赤枠の外観、パンの小麦色が映える白を基調とした内装。いいね。大胆なラインのマップも観光客には嬉しい。

分かりやすく書かれたポップ、パンひとつひとつの重みに反比例するプライス。

安定のレギュラーラインナップに季節ものや新作もピック、種類多くて、どれも美味しいがBLTサンドはイツメン。 THEパン屋な冷蔵庫に明治乳業のアクアブルガリア置いてるのもグッジョブ。

何度寄港しても毎回足を運ぶ店こそが本当のお気に入り。帰り道にもう一回いくこともあるくらい好きなお店。

乗船中は曜日の感覚を持ち合わせてないので、何度閉まったシャッターだけ見て帰ったことか。その分開店しているだけで嬉しいのだ。

ガヤールの地図にある大浦天主堂もこのエリア。

世界遺産になったからなのか、入館料1000円はあまりにもビジネスライクな気もするが仕方無し。

日本に現存する最古のゴシック調の教会で美しいステンドグラスは国内ではなかなかお目にかかれない。

大浦天主堂脇の細い坂を登った先で小休憩。

● 南山手レストハウス

高台からの景色はジブリ映画に出てきそう。ここでさっきのパンを一口。

●グラバー園

花々に囲まれた異国情緒溢れる洋館 旧グラバー住宅。

幕府より正式に居住を認められたイギリス人商人が住んでいたのがこの地、建物の佇まい、雰囲気は時代を超えてたくさんの人たちを癒してきたのだろう。

手入れも行き届いており落ち着いた空間でゆっくりできる。

明治維新の近代化を目指すムーブメントが生まれた長崎港と船を稲佐山バックに一望。

夜はライトアップされ夜景も見たいが残念、その時間帯私たちは海の上…。

お次は新地中華街方面でちゃんぽんハンティング。

一番最初に食べたのは江山楼の特製ちゃんぽん。本場のスープはとても濃厚で後出しの白飯オーダー。

その後も訪れる都度、違う店に行き食べ比べたがどこもやや動物系のクセ強め。それが美味しいんだけど飽きずに食べ続けるなら結局リンガーハットが無難なのか…

修学旅行先としても人気の長崎、学生たくさん。親父に借りたデジカメで自分も京都、奈良で色々撮ったのを思い出す。

思案橋周辺の寂れた感じ、張り巡らされた電線の東南アジア感共にたまらない。

長崎の若者の県外への流出率は日本の中でも高く高齢化に拍車をかけているとオーストラリアで知り合い長崎に帰ってきた友人が言っていた。

彼は現在、五島列島の漁師と提携し、魚のオンラインでの販売、PRをして地域に貢献している↓

https://store.shopping.yahoo.co.jp/sushi-katsugyo/

オーストラリアで知り合った別の友人(長崎出身)に強くおすすめされたのが老舗のカステラ屋さんだ。

●福砂屋本店

1624年創業。お勧めされて以来、ここ一択。優しい甘さに固めのザラメ、2切れ入りのキューブカステラがありパッケージも可愛いので下船するクルーへのお土産にも喜ばれる。

極論、契約期間の6ヶ月は毎日が旅行、ゆえにお土産文化を忘れかけるがこれ送られたら超嬉しい。福砂屋の分店は浜町商店街にもあるのだが本店の住所、船大工町に惹かれる。

長崎には三菱の造船所もあり船、港との関連は今でも続く。

坂道を越え歩きに歩いて辿り着いた亀山社中跡地と坂本龍馬のブーツ像。

明治時代にブーツ姿はさぞかし目立っただろう。未知との遭遇、ださい、ふさわしくないなど罵声を浴びることもあったかもしれない。

周りの目を気にせず自分がいいと思い貫いたスタイルは間違っていなかったと時代が証明している。

●日本二十六聖人記念館

豊臣秀吉によって西坂の地で殉教した26人のキリシタン。彼らはその後カトリック教会によって聖人とされるのだが…

見学中はっとしたのはこここそが、NYで友人に連れられて観たハリウッド映画「沈黙」の舞台ということ。

当時は教科書に載る隠れキリシタンの話程度の知識しかなく長く感じ(実際長い)上映中、寝てしまったのだ。

展示された映画の分厚い台本に書かれた"Silence "の文字見た瞬間、数年前の記憶と繋がった。

ザビエル直筆の手紙。

神の有無を題材にしており、あまり本を読まない人間だが、思い立ち遠藤周作の文庫本を読んでみると.…頭に情景が浮かび、劇的に面白いではないか。

原作、映画、ロケ地とこんな作品の楽しみ方を1つでもできたのは大きい。

一際目を引く建築の聖フィリッポ教会も是非セットで。

路面電車に乗って浦上教会と平和公園へ。

広い公園に寄贈された世界平和を願う彫刻たち🕊

他にも出島や眼鏡橋、炭鉱として栄えた軍艦島へのツアーなど日本史にゆかりのあるオプションが豊富。

キリスト教伝来、鎖国、貿易、開国、明治維新、原爆被災地…ディープすぎる。海外からの文化の往来を限られた時間でも想像以上に感じれて大満足。なかなかロマンがあるじゃない。

良い時も悪い時も締めはコーヒー。

●TAFT

オランダ坂近くにあるビルの二階。クラブの音量でジャズが流れるこちらの喫茶店。

少しとっつきにくそうなマスターと苦めのサイフォンコーヒーはくせになる。しばし無になり気持ちをリセット。

こうしてショアリーブを満喫し、職場に戻りカオスのBBQナイトへ挑むのだ。

毎回帰船すると、次の長崎が楽しみで仕方ないのはなぜだろう。

時間ないけど出来ればもっと奥の方に行ってみたい、五島列島にも、島原といった潜伏キリシタンの歴史も気になる。 流石に遠いな、、今度ゆっくり…あれっ国内旅行もありじゃない?素直にそう思えるようになったのは長崎がきっかけだ。

船で行く九州の冒険は続く。